ニュース&トピックス
めーるぼっくす 「豆腐のあれこれ」
一昨年から事情があって、神奈川県西部の伊勢原市と東京を一~二週間ずつ往復するような生活をしている。伊勢原は丹沢山系の大山のふもと、江戸時代には大山詣でが流行したため、その門前町として賑わったらしい。その名残りなのだろう、大山の参道には参拝客のための宿坊が今でも軒を連ね、江戸時代の趣をとどめている。
名物は豆腐料理。丹沢の湧水を利用したのだろうが、大山詣でを前にしての精進料理という意味もあるのだろう。凝った趣向で会席風の料理を出す店もあって、イチジクを赤ワインで煮たものに豆乳のソースをかけたり、豆腐のアイスクリームまである。江戸時代にも『豆腐百珍』という本があって、その調理法は実に多様だが、それだけ豆腐という食材が日本で幅広く受け入れられ、愛されてきたということなのだろう。
陶芸家で稀代の美食家として名高い北大路魯山人が、料理と器の関係に思いを馳せることになったきっかけは、薩摩切子のガラス器に冷奴を盛って食べていたところ、人から贅沢だと言われたためだというし、名随筆で知られる内田百間もこよなく豆腐を愛した。
私の郷里、盛岡では豆乳にニガリを打って固まりかけた寄せ豆腐を扱う店があって、水分をあるていど切った豆腐よりも大豆の自然な甘みやコクを味わえるので、よく食卓に登ったが、先日、詩人の高橋睦郎さん宅で御馳走になった唐津の川島豆腐店のザル豆腐も、忘れられない。これは瀬戸内の伝統的な手法によるもので、豆乳にニガリを打ったものをザルに入れ、自然に水気を切ったもの。薬味なぞ何もいらないほどの豊かな味わいを持っている。
普通、豆腐といえば冬は湯豆腐、夏は冷奴というのが一般的だが、たとえ夏でも、京都あたりに旅をして食べる湯豆腐というのもいいものだ。京都だと豆乳で豆腐を温める湯豆腐を出す店があるが、これも滋味豊かなものがある。
豆腐は安価だし、身近すぎてふだんは気にもとめないものかも知れないが、逆にアメリカあたりで健康食品として脚光をあびたりするから面白い。
城戸朱理(詩人)
※ 営利、非営利、イントラネット等、目的や形態を問わず、本ウェブサイト内のコンテンツの無断転載を禁止します。