福山通運健康保険組合

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ニュース&トピックス

[2006/10/16] 
やすみじかん ピンクの壁

いつも通る住宅街の路地、曲がり角で2階建ての家のベランダと古いアパートの壁との隙間から向こうを覗くと、「ング」が見える。文字通り、大きなカタカナの「ン」と「グ」がそこに並んでいるのだ。ングって何なの~!?と、憂鬱な日でもそれを見るとおかしくて1人でちょっと笑ったりして、気持ちが軽くなる。
 種明かしをしてしまうと、線路の向こうにあるボクシングジムの看板の「ング」の2文字だけが偶然切り取られたように見えるというわけ。私はそのことをもう知っているのだけれど、それでも謎のコトバが出現することによって何の変哲もない日常の場面が一瞬活性化する感覚があって、面白いなあと思う。しかも、「ング」の背景はピンクなのだ。
 そう、そのボクシングジムの外壁はすべて明るいピンク色に塗られているのである。ものすごく目立つ。たしか数年前に塗り直されてこうなったのだが、最初に見たときは驚いた。夕闇に浮かぶショッキングピンクの建物、その中ではストイックな顔つきの男たちが黙々となわとびをし、腹筋をし、殴り合っている。あまりにもミスマッチな気配は、前を通るだけの私さえ動揺してしまうほどだった。
 でも、通り過ぎてから違う意味で落ち着かなくなった。どうしてボクシングジムがピンクだと異様な感じがするのだろう。たぶん、ボクシングが「男の世界」のイメージであるのに対し、ピンクは「女の子の色」とすり込まれているし、暴力とは対極の、どちらかといえば平和をイメージする色だからだろう(子ども向けの変身戦隊ものでも桃色役はたいてい女性に割り振られ、彼女の戦闘能力はしばしば他のメンバーより劣っている)。 それだけじゃない。ピンクは、フリルやリボンといっしょになって少女趣味的なかわいい世界を彩るけれど、一方で性風俗的なエロ妄想を彩る働きもする。そんな色に塗り込められた内側で、裸に近い男たちが汗を流しているなんて、悪い冗談のような気がしたのだ。
 だが考えてみれば、ピンクが女の子の色だったり性的なニュアンスのある色だったりするのは、ただの思い込みにすぎない。あのボクシングジムはそういうステレオタイプのつまらないイメージを突き抜け、打ち砕いてしまう。そう思うと、ピンクの壁を背景に浮かびあがる「ング」も、なにやら力強く頼もしい合図のように見えてくるのだった。

                                                      川口晴美(詩人)

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