福山通運健康保険組合

福山通運健康保険組合

文字サイズ
  • 小
  • 中
  • 大

ニュース&トピックス

[2006/11/06] 
カレンダーのなかの季語 「餅搗き」

 「毎年、杵を持って石臼で餅搗きをします」と話すとたいていの人が、「へえ、あなたが?」と意外な顔をなさる。私の実家では、年の瀬の二十九日になると、雨が降ろうが槍が降ろうが餅搗きをする。この日にはどんなに仕事が忙しくても馳せ参じるのが近年の慣わしになっている。予定の原稿を書き上げて、部屋の掃除をそうそうに済ませ、玄関の鍵をかけて東京駅に向かうころ、私の一年はもう終ったに等しい。  
 十二月の二十九日に餅を搗くのは、「二九(ふく=福)」に掛けた語呂合わせで、この日に搗いた餅には「福が宿る」そうだ。実家ののっぴきならぬ都合で、一度だけ餅搗きをしなかった年があるが、それ以外は毎年、不動のイベントである。
 一族が揃うのはたいてい二十八日の夜で、にぎやかな夕食が終ると明日の準備。餅米を洗って水に浸すのは義妹、私、妹など女性の役割で、石臼や竃(かまど)、杵を物置から出して庭に据え、一年の埃を落とすのは弟や甥っ子など男性の仕事。
 さて当日。竃に乗せた蒸篭(せいろ)の上から真っ白い蒸気が立ち昇る。あたりに餅米のいい匂いが満ちてくると、いよいよ餅搗きの始まりだ。餅搗きは初体験という知人がイベントに加わることもあり、こんな年は庭中に笑いが弾ける。へっぴり腰で杵を降ろす人、こわごわ手返しをする人。それでも十臼も搗くころにはなんとか腰が定まって、姿も様になるのがおかしい。私も妹も代わる代わる杵を持ち、ストレス解消とばかりに降り降ろす。
 最後は庭でテーブルを囲んでの「餅パーティ」。大根おろしやきな粉、餡であえた餅をほうばりつつ飲むビールは、格別においしい。自慢ではないが、杵と石臼で搗いた餅のなんと滑らかでよく伸びること。この餅を私は冷凍庫に入れて保存し、春先まで鍋に入れたりグラタンにしたりと大切に食べる。口に入れると甘やかな餅米の味が広がり、その都度、体内に「福」が宿った気がする。

                            稲葉 真弓(作家)

※ 営利、非営利、イントラネット等、目的や形態を問わず、本ウェブサイト内のコンテンツの無断転載を禁止します。  

ページ先頭へ戻る