福山通運健康保険組合

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ニュース&トピックス

[2006/03/13] 
やすみじかん 恥ずかしい本棚

コンビニで買うのが恥ずかしいものって何? という話になったことがある。お弁当にしろデザート類にしろ一つだけ買うのが恥ずかしいと言った友人がいて、コンビニというのはまさにそういう買い物をするところだと思っていた私はびっくり。いつも平気でプリン一個とか買って袋はいりませんとにっこり笑っていたのだが、羞恥心のありようは人によってずいぶん違うものだと思った。一方で、生理用品もコンドームも平気だしコンビニで買うのが恥ずかしいものなんて何もないけれど、本屋では何を買うのも恥ずかしい、と言い出す友人もいた。見透かされてしまう気がするから、と。
 なるほど。流行りの恋愛小説、難解な哲学書、下世話な週刊誌、エッチなマンガ……どんな本にしろそれを求めている自分の内面が本屋のレジ台で一瞬曝されると考えると、確かにちょっと気まずい。生活の様子やフィジカルな部分を知られるより頭の中を覗かれる方がイヤ、という自意識の持ち方はとてもよくわかる(現実には、店員さん達はいちいち客のプライベートを勘ぐったりするほどヒマじゃないだろうけど)。
 他人の家でも本棚は気になる箇所かもしれない。私が家具や食器にうといせいもあるだろうけど、並んでいる本のタイトルを眺めていた方が、へぇこういう方面に興味のある人なのかと意外な発見があったりして、楽しい。反対に、部屋に来た誰かが私の本棚をあまりじろじろ見ていると、ちょっと緊張する。
 私の両親は文学には縁も関心もなくて、家には本がほとんどなかった。それでどうして娘の私が読書好きになったのか謎なのだが、誕生日毎に本をねだり、お小遣いをすべて本に費やし、古い本棚はいつのまにか私のものになっていった。生前の父がその本棚を眺めていたことがある。私が高校生の頃だった。父は退屈しのぎに本でも読もうとしただけなのだろうが、落ち着かない気持ちのまま私はふいに父をからかってみたくなって、「娘の本棚に自分の知らない本がどんどん増えていくのって心配?」と訊いた。いや別に、と言って父は照れたように笑い、結局本を選ばずに行ってしまった。あのとき、これが面白いよとミステリーでもSFでも薦めてみればよかったと思う。そうすれば、そこから父と私の内面は少しだけ触れ合うことができたのかもしれない。

                                                                          川口晴美(詩人)

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