福山通運健康保険組合

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ニュース&トピックス

[2006/07/07] 
カレンダーのなかの季語 「天の川」

汗ばんでいた肌が乾いて、空がさえざえと高くなる。そんな初秋の夜の空に、星くずの大河ができるのを見たのはプチという飼い犬が死んだ秋だった。「犬も猫も、死んだものはみんな星になるのよ」と言ったのは小学校の女先生だったか、それとも仲の良い友だちだったか。みんな星になるという言葉は、白い犬を失った私の心を少し明るませたが、どんなに空を見上げても、プチがどこにいるのかはわからない。茫洋と明るい帯状の銀河は果てなく無限に高く、一匹の犬を探すには広すぎるのだった。
 長く親しんだなつかしいものを、死んだあとも自分の傍らに感じたいと思うのは、人という生き物の最も甘美な感情だろう。普段は輪廻転生説を信じない私でも、銀河を見上げていると、私より先に地上からいなくなったたくさんの顔が浮かんでくる。
 天の川のおびただしい星の大小無数のまたたきは、人だけではなく犬や猫、すべからく命を持っていたものが、永遠に近い時間を生き直す美しい転写の世界をそこに描き出す。星くずの川のどこかに、あの人やあの犬、あの猫がいると思うことで、「不在」の悲しみが優しい慰撫に変わるのだ。
 澄みきった高い空の、ただすごいとしか言いようのない星の集まりを見ていると、地上を行き来する我々生き物の姿もまた、遠い宇宙の果てからは星の明滅に見えるかもしれないと思ったりする。私も鳥も牛も、いまこの瞬間無名の光をまたたきながら、億光年の旅を始めているのだ。そんな感慨とともにふと足を止めて体を星のほうに押し上げてみると、まだ人類が到達したことのない未知の場所に、一瞬吸い込まれそうな快感がわき上がる。あのにぎやかな明るい場所、広大で遠い場所に、用意されている時間があるという楽しい予感。
 いまはまだ星になりたいとは思わないが、幾億光年か先、なつかしいものたちと再会して天の川を流れていく自分を思うと、少し元気になる。

                           稲葉 真弓(作家)

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